vol.16 岩波ホール

 

vol.16 岩波ホール

不変の上映スタイルを貫く気骨のある映画館

vol.16 岩波ホール

客席数は220席。ゆったりと落ち着いて映画を見るには最適だ

ミニシアターの先駆けとなった「岩波ホール」は、地下鉄神保町駅に直結する岩波神保町ビルの10階にある。地下鉄の出口上には上映中の映画の大きな看板が掛かっている。学生時代からなじみのある筆者は、この看板を見ると「相変わらず頑張ってるな」と思い、旧友の元気な姿を確認したような気分になって無性にうれしくなってくるのだ。

1968年に多目的ホールとして開館した岩波ホールは、74年、フィルム・ライブラリー協議会専務理事の川喜多かしこさんが岩波ホール総支配人の高野悦子さんに、『大樹のうた』(58)の上映を相談したことをきっかけに、“世界の埋もれた名作映画を発掘、上映すること”を目標にした「エキプ・ド・シネマ」(フランス語で“映画の仲間”の意)を発足させた。“完全入れ替え制、定員制、予告された上映期間の途中打ち切りを行わない”という方針も当時の映画館としては斬新なものだった。

70年代は、ジャン・ルノワール、ルキノ・ヴィスコンティ、イングマール・ベルイマン、アンジェイ・ワイダといったヨーロッパの巨匠たちの名作を中心に上映。本来は娯楽映画志向の筆者も、79年の『木靴の樹』(78)『プロビデンス』(77)『旅芸人の記録』(75)の“三連発上映”にはさすがにたまげた。「映画にはこんな表現方法もあるのか…」と気付かされたのである。さらに80年代からはヘルマ・サンダース・ブラームスや羽田澄子といった女性監督に注目し、それがメイベル・チャンの『宋家の三姉妹』(97)の30週間連続上映につながった。また第三世界の作品も積極的に上映し、90年代からは民族紛争などをテーマにした作品を上映し続けてきた。黒木和雄監督の『美しい夏キリシマ』(02)『 父と暮せば』(04)『紙屋悦子の青春』(06)は記憶に新しいところだ。

知られざる作品の発掘、紹介など、岩波ホールがおよそ40年にわたって日本の映画興行界で果たした役割は大きなものがある。というわけで、筆者にとってここは今も、いろいろなことを教えてくれる学校の先生みたいな存在なのである。余談だが、佐藤正午の『』という小説には1980年当時の岩波ホールが登場する。主人公が“岩波ホールでしか上映されていない”フランソワ・トリュフォーの『緑色の部屋』(78)を見たことが、この小説のキーポイントになるからだ。

vol.16 岩波ホール

昔ながらの大看板は神保町交差点の目印にもなっている

原田健秀さんに話を聞いた。「エキプ・ド・シネマ」発足直後からの劇場スタッフだという原田さんが、数々の上映作品の中から最も印象に残るものとして挙げたのが、グルジアの放浪の画家を描いた『ピロスマニ』(69)だった。原田さんはこの映画を見たことから実際にグルジアを訪れ、今も日本とグルジアの交流に尽力しているという。見た者のその後の人生を左右するような力を持った映画は確かに存在するが、ここ岩波ホールは観客ばかりかスタッフにまで大きな影響を与える映画を上映してきたということか…。

原田さんは「映画は社会や経済の変化を大きく反映するメディアです。ですから昨年の震災も含めて、社会情勢の変化を見据えながら作品を選ぶことを心掛けています。世界中が大きな転回点を迎えている中で、映画を通して社会と向き合っていくという『エキプ・ド・シネマ』発足時からの志を貫いていくことが一番大切だと考えています」と語る。

また原田さんは、例えばフランスで評価された作品をそのまま日本に持ってきても通用しないと言う。「ほかの映画館のことは知りませんが、岩波ホールでは作品の発見当初から、配給会社の人たちと密接なコミュニケーションを取りながら、邦題やキャッチコピー、字幕の付け方、マスコミ試写の立会いに至るまで、細かい点までかかわります。日本で作品を普及させるために、外国映画でも日本向けの顔、しいては劇場、岩波ホールの顔を持たせることも必要だと考えています。配給会社にとってはご迷惑な話かもしれないですけど…」と笑う原田さん。「いやいや、そのこだわりこそが岩波ホールの真骨頂を示しているのではないか」と筆者は思うのだ。

「スタッフの一本一本の映画への思いを、より深くお客さまと共有できればいいと思います。目標は今のスタイルのままで岩波ホールを続けていくこと。監督も時代も変わっていくけれど、頑固でしかも柔らかい心を持ってそれを受け止めていきたい。それから年に一本ぐらいは思い切った企画もやっていきたいですね」。大きな看板、不変の上映スタイル…岩波ホールは気骨のある映画館なのだ。

ここでの一本

『汽車はふたたび故郷へ』
オタール・イオセリアーニ監督の最新作

現在、岩波ホールでは、2012年の第一弾としてアラン・レネ監督の大人の恋愛映画『風にそよぐ草』(09)を上映中。2月18日からはグルジア出身のオタール・イオセリアーニ監督の『汽車はふたたび故郷へ』(10)、その後は、ケン・ローチ監督の息子ジム・ローチの監督デビュー作『オレンジと太陽』(10)と続く。原田さんは「今年のラインアップもしっかりとした作品をそろえることができた」と太鼓判を押す。『汽車はふたたび故郷へ』は、『素敵な歌と舟はゆく』(99)『月曜日に乾杯!』(02)『ここに幸あり』(06)などで日本でも多くのファンを持つイオセリアーニ監督の最新作。孫のダト・タリエラシュヴィリに演じさせた主人公に自身の半生を投影させながら、ヴィクトル・ユゴー、ルネ・クレール、アンドレイ・タルコフスキーら、故郷を離れざるを得なかった数多くのアーティストたちに敬意を表している。監督の故郷であるグルジアを舞台に、“自分自身でいること”の困難と大切さが詩情豊かに描かれる。

『汽車はふたたび故郷へ』
提供:(C)2010 Pierre Grise Production

『汽車はふたたび故郷へ』(2月18日〜)

出演:ダト・タリエラシュヴィリ、ビュル・オジェ
監督:オタール・イオセリアーニ

グルジアで生まれ育った映画監督のニコは、検閲や思想統制によって思うように映画が作れないことにいら立っていた。ついにニコは自由を求めてフランスに向かう。ところがフランスでも映画作りは困難を極める。果たしてニコは自分が本当に望む映画を撮ることが出来るのだろうか?

映画館の基本情報

〒100-0006 東京都 千代田区 神田神保町2-1 岩波神保町ビル10F
TEL03-3212-2826
岩波ホール

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